私の父と母は普通の人でした。
外ヅラがよく、家ではよくケンカをしていましたが、結局のところ愛し合っていたのだと思います。
父親はそれほど悪い人間ではありませんでしたが、学歴がなかったので、社会人として苦労していて、家庭でそのコンプレックスを解消しようとしているようでした。
母親は頭がひどく悪く、性格も非常にひねくれていたため、父親のそんな感情を受け止めることはもちろんできません。
結局姉と私がそのとばっちりを食う形になりました。
父親は下っ端根性が体にこびりついていたため、なにか腹の立つことがあったりすると、私たちを言葉などでねちっこく責めました。
たとえば、姉は成績がよかったのですが、小学生の姉にわざとわからない漢字を質問し、書けないと鼻で笑いました。
テレビのクイズ番組か何かで金(きん)の属性を問う問題がでているときに、たまたま2階から降りてきた私に「おい、金の元素記号わかるか?」と聞き、突然のことでびっくりした私が「2秒後くらいに、au」と答えると、「おせーよ」と罵りました。
父親と母親は二人ともバカなのですがクイズ番組が好きで、夕食の時間にテレビをつけてクイズ番組を見る習慣がありました。回答者が珍回答をすると母親は「バカじゃないの。信じられんわ。」といい、父親は「しょうがない、バカなんだから。」などと言っていました。
私と姉は、小学生のころからクイズ番組がどれほどくだらないものか気づいていましたし、それを見て喜んでいる両親を軽蔑していました。
姉は高校を卒業し地元の大学に行ったものの、それまでにアルバイトで貯めたお金で一人暮らしを始めました。両親は反対していましたが、私はもちろん姉を支持しました。
私は高校生活の中盤からは女装に夢中で、他の世の中のいろいろなことに無関心になっていました。ほとんどなんのモチベーションもなく受験勉強もしなかったので①浪しました。
浪人しながらアルバイトでお金を貯めて、地元から離れた大学を受験し、一人暮らしを始めました。
両親はひどく反発しましたが、私は強引に押し通しました。話し合いを有利にもっていくために地元のどの大学よりも偏差値の高い大学を受かるまでの学力を身につける必要があり、かなり勉強しました。
自分のことを知っている人間がひとりもいない場所で生活するということは、当時素晴らしいことのように感じました。女装が気兼ねなくできるというメリットもありますし、何より、この気が狂いそうな実家での生活から逃れられる。それは私の人生の本当の始まりのような予感がありました。
そして、一人暮らしを始めてからは、実際それまでの人生のどの瞬間よりも私の心は落ち着きました。
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